元町6丁目商店街(モトロク)

元町商店街の歴史

明治時代

元町商店街、誕生。

神戸・大阪間、鉄道開通。
元町通は、「ハイカラ」神戸の中心地。

神戸・大阪間に鉄道が開通したのは、1874年5月11日のこと。関西では初めての、日本でも2番目の鉄道ということで、その日の神戸は見物客で大賑わいでした。黒煙をあげて4両の客車を引く機関車がやってくると、集まった人々は日の丸の小旗を振り歓声を上げていたそうです。
神戸から大阪まで走るこの鉄道、途中の停車駅は三ノ宮と西宮でした。当時の三ノ宮駅は、実は現在元町駅がある場所にあったことをご存知でしょうか。今の元町商店街があるあたりは、居留地と隣接することもあってハイカラなものが集まり、「大阪にないものがある!」と大阪の人々の関心を集めていたのだとか。この地に駅ができたことは、往時の賑わいぶりを物語るエピソードのひとつと言えるでしょう。
そしてもう一つのエピソードが、鉄道開通の9日後にありました。いよいよ「元町通」という名前が、世に誕生することになるのです。

元町商店街誕生。
アニバーサリーは、1874年(明治7年)5月20日。

その日、県令と呼ばれる兵庫県の長官により、地域の呼称変更が行われました。街道筋でつらぬかれた“3つの村”あたりについても「大手町・濱町・札場町・中町・西町・城下町・東本町・西本町・八幡町の町名を廃し、元町通と改称」されました。ここに初めて「元町商店街」という名前が登場したのです。
鉄道の開通を受けて、元町商店街はますます活気づいていきました。その後、1882年(明治15年)に出版された「豪商神兵湊の魁」には、元町通の75の店舗が紹介されています。神戸はもちろん大阪からもたくさんの人が訪れるようになり、元町商店街はますます発展していくのでした。

元町通の道路拡幅。
商店街の繁栄にふさわしい「道づくり」。

「元町通」と名前はついたけれど、通りの道幅は2間あまり(およそ4メートル)。その狭い道を中心に、開港以来多くの人々が新しい仕事を求めて集まり住むようになったのです。地元の村人、新しい住民、外国人の姿もあり…。側溝があるだけの狭い通りに、人の波が絶えることはありません。「元町通の拡幅は最早緊急の課題」と、1876年(明治9年)には時の県令も書き記しています。しかし、発足間もない新政府は多忙を極め、それどころではありません…。
やっと格幅の布達が出たのは、1887年(明治20年)。「神戸元町通一丁目から六丁目に至る国道線路の儀は、これから接続宅地を買い上げ、道幅五間(下水共)に広げる」。そして1890年(明治23年)、工事は六丁目から始まりました。馬車が走る道を栄町通にゆずり、買物客で賑わう元町通は重い物の通行基準を人力車において、1886年(明治19年)の「道路構造保存法」に従って砂利を利用して仕上げられました。すべての工事が終わるまで5年の歳月をかけて、元町通は生まれ変わったのでした。

神戸元町商店街連合会発行『神戸の良さが元町に ―生誕140年 神戸元町商店街のいま―』より抜粋

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