元町6丁目商店街(モトロク)

元町商店街の歴史

大正から昭和へ

三ノ宮・元町、「駅」物語。

三ノ宮駅、移転。
繁栄の代償、交通渋滞解消の秘策。

神戸・大阪間に鉄道が開通した当初、三ノ宮駅は現在のJR元町駅のある場所にありました。
1874年(明治7年)5月の国鉄開業以来、神戸市は飛躍的な発展を遂げました。しかしその一方で、市内に33カ所ある踏切が不便だという声が1893年(明治26年)ごろから各方面であがっていたのです。
1919年(大正8年)に制定された都市計画法と市街地建築物法の適用を受け、神戸市では本格的な都市計画が進められました。そして、路線を高架に改築し、その下を一般公道に開放するとともに「三ノ宮駅を加納町踏切付近に移転する」と決定したのです。
工事は1926年(大正15年)から5年の歳月をかけて行われ、1931年(昭和6年)10月10日、最大の難工事と言われた、市電と立体交差する相生橋の工事を最後に終了しました。
開業の日、夜明けとともに大倉山から花火が打ち上げられました。待望の高架線上を汽笛を鳴らして走る列車を体験しようと、新駅へ早朝から乗客が押し掛けて大混乱だったほどの賑わいぶりだったそうです。

元町駅の誕生。
閑古鳥の駅跡地を復活せよ。

新駅が賑わう一方で、旧三ノ宮駅界隈は閑古鳥の日を迎えていました。神戸港を束ねる位置にあり、これまでずっと駅を要に地元の重要な交通機関の役割を果たしてきたのですが、駅が移転したため「駅跡は東西数丁にわたって索漠たる凹凸不平の原野と化し、周囲一帯、商業の衰退は日を追って甚だしく、海陸その他の交通に不便を感じ、神戸市の心臓部たる中心地体の退勢を見る」状態に。駅界隈の人々の経済的・精神的な犠牲の大きさは計り知れないものでした。
駅の再開を求める神戸中央振興同盟会が結成されたのは、1931年(昭和6年)のこと。旧三ノ宮駅跡に旅客駅設置を求める陳情書を鉄道本省に提出しましたが、「駅設置の見込みなし」の回答。そこで、鉄道大臣に直接面会して地域の窮状を訴えるとともに、神戸市長・市議会に働きかけました。さらに、新駅設置に必要な寄付金集めにも奔走。そうした粘り強い活動が実を結び、1934年(昭和9年)7月20日、ついに元町駅は開業しました。
開業の前日から、界隈は喜びに包まれていました。鮎川筋では上下二つの入り口に祝賀大アーチを設け、元町では、各戸に小旗の日章旗が、大丸前筋では各軒先に祝賀提灯が飾られ、大丸はすでに15日から「元町駅解説記念大売出し」をはじめていたとか。こうして元町商店街も再び繁栄の日々を取り戻したのでした。

神戸元町商店街連合会発行『神戸の良さが元町に ―生誕140年 神戸元町商店街のいま―』より抜粋

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