元町6丁目商店街(モトロク)

【亀井堂総本店】亀井堂総本店が醸し出す安心感は、元町とともに歩んできた140年の証

 鎖国が解かれ、次々と新しい文化が入ってきた神戸。そこで外国人が働き、居住するようになり、生活に必要な物資が集められます。その中には、後に140年以上愛され続ける銘菓「瓦せんべい」の材料となる砂糖や小麦粉、卵も含まれていました。

 

元町という名がまだ存在しなかった明治6年、神戸で菓子職人の修行をしていた松井佐助氏によって亀井堂総本店が誕生しました。



 

「何か新しいものを」という思いから佐助氏が考案したのが「瓦せんべい」。小麦、砂糖、卵といった当時の日本では大変高価な材料が使われています。他の地域にはなかった材料が手に入ったのは、西欧の風が漂う、神戸という土地柄にあったと言えます。当時の日本では珍しかったこの斬新なお菓子は、人々から「ハイカラせんべい」や「贅沢せんべい」などと呼ばれ、たちまち話題となりました。西欧文化に触れる機会がなかった日本人にとっては衝撃的で、どこか憧れの食べ物だったのかもしれません。

 

瓦せんべいに押された焼印として有名なのが、鎌倉時代以降に活躍した武将である楠木正成です。後醍醐天皇を命をかけて守ったといわれる彼は、天皇を象徴とする政治となった明治時代に改めて評価されるようになりました。そのような時代背景から、紋所である菊水紋とともに焼印として使用されています。

 

 また、材料のひとつである砂糖を仕入れていたのは、同時期に弁天浜で創業したある問屋。それは来たる大正時代、日本一の総合商社となる鈴木商店でした。佐助氏は創業者である鈴木岩次郎氏と出会い、若かりし頃の苦楽を共にし、お互いの人生に大きな影響をもたらしました。亀井堂総本店は鈴木商店創設期の得意先だったといわれています。



 

 後に東京で開催された博覧会に出展すると、同じように大好評で、初の関東支店となる上野支店を作るきっかけとなりました。そこから神戸を中心に現在は6店舗の暖簾分けをしています。

 

 現社長の松井佐一郎氏は元町という場所について「落ち着いた神戸の雰囲気が色濃く残る場所」と話します。佐一郎氏の幼い頃、元町はお洒落をして歩く、少し他とは違った空気感のある街でした。昔からあるお店はもちろん、新しいお店もその空気感を壊さず、上手く馴染んできたから現在があると話します。



 

 今後の亀井堂総本店に対して描く理想は「6丁目のキーになるお店」であること。お客様が久しぶりに来られても変わらない、安心感のあるお店でありたいと語ります。時代の流れに沿って、新商品も生み出しました。ただ、どんなものでも本物を作れば、消費者はわかります。そんな本物を販売し、安心感をコツコツと提供し続けることが140年以上も愛され続ける秘訣なのです。



 

 元町の発展とともに歩んできた亀井堂総本店。これからも変わらない在り方で、今日も人々に安心感を届けます。




亀井堂総本店公式ホームページはコチラから↓
http://www.kameido.co.jp/

2015年8月16日 5:04 PM

小川光貴

著者名:小川光貴

流通科学大学 4年
学内広報団体「RYUKA-STYLEプロジェクト」 部長

大阪府池田市生まれ。2012年、流通科学大学入学を機に、学内の広報活動を行う「RYUKA-STYLEプロジェクト」に入部。2年次から部長を務め、キャンパスペーパー「RYUKA-STYLE」の発行やクラブ情報サイト「RYUKAクラブ辞典」の運営などに携わる。一番印象に残っている取材は、本学の石井淳蔵学長へのインタビュー。
趣味はプロ野球観戦(読売ジャイアンツ)。

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